~110周年を迎えて今もなお箱型鞄を作り続けるワケ~
マスミ鞄嚢が位置する兵庫県豊岡市は鞄の一大産地です。
その歴史はコリヤナギという植物を使用した紀柳製品から始まり、時代の流れとともにファイバー、革、合皮と変化していきました。
豊岡がなぜ鞄の産地となったか、その中でどのようにしてマスミ鞄嚢が始まったかをお伝えできればと思います。
豊岡市には円山川という大きな川があり、その付近には湿地帯が多くありました。この湿地帯には紀柳製品の原料となる「コリヤナギ」が多く自生していました。
*現在、コリヤナギは自生せず職人が1から畑で育てています。
豊岡は冬は積雪で農作業ができず副業としてこのコリヤナギを編み紀柳製品作りで生計を立てました。
これが豊岡で鞄づくりが始まった原点です。
*写真2枚目がコリヤナギを編んで製品にする様子
豊岡鞄としては明治14年、3本革バンド締めの「行李鞄」が製作されており、大正6年に奥田平治が、従来の3本革バンド締めの行李鞄にウルシを塗り、錠前を取り付けた新型鞄を製造。
これが豊岡鞄として売り出した最初の鞄となりました。

マスミ鞄嚢の創業者である植村賢輔は、新型鞄を製造した奥田平治の右腕として働いておりこの新型鞄に刺激され皮革製品に注目し、豊岡で初めて手箱を中心とした箱型鞄の製造を始めました。
続く
